熊本県水俣市 協立クリニックは、水俣病の診断・治療・リハビリ、神経内科、精神科、内科を専門としています。
2011年5月20日、名古屋国際会議場で開かれた第52回日本神経学会で、水俣病に関する4演題が発表されました。著者、タイトル、抄録は以下の通りです。
重岡伸一(水俣協立病院)、高岡滋、藤野糺、川上義信、橋本和子、清島美樹子、新井弘
「天草地域住民の慢性メチル水銀中毒症症状」
【目的】不知火海沿岸でのメチル水銀中毒症の拡がりについての調査は十分になされてこなかった。天草地域内での症状の分布と頻度を調査し、汚染の拡がりを検討した。
【方法】天草地域在住の住民で、2005年1月から2010年6月までの間に、水俣病検診を受けた住民747名(62.0±11.9歳)の自覚症状50項目について、「いつも」ある頻度と、「いつも」または「時々」ある頻度を集計した。1. 不知火海沿岸健康調査(2009年)、対照地域調査(2006年)の結果との比較、2. 本人・家族の漁業従事の有無による比較、3. 天草地域内での居住地域別の比較をおこなった。
【結果】1. 今回調査での自覚症状の出現頻度は、水俣病に特異的、非特異的な症状ともに、対照と明確な差を認め、不知火海沿岸住民健康調査結果と酷似していた。2. 本人または家族の漁業従事の有無による症状の差はなかった。3. 天草各地域内での症状の出現パターンは類似し、「いつも」ある頻度は50症状の平均は旧御所浦町19%、それ以外34%であった。
【考察】自覚症状の頻度とパターンをみることは、集団あるいは個人の汚染実態を研究する有効な手段である。水俣病患者が最も多く確認されてきた地域外で、より重症者が存在すると考えられ、不知火海沿岸においては漁業従事の有無や指定地域内外にかかわらずメチル水銀の影響を受けている可能性が極めて高く、行政による責任ある実態調査が必要である。
------------------------
戸倉直実(東葛病院)、栄原智文、長尾栄広、今泉貴雄、今川篤子、山田正和、岡部敏彦、露木静夫、荒木重夫、大山美宏、高岡滋、川上義信、高津司、弓野綾、鈴木義夫、廣瀬真次、西村洋一、平松まき、鈴木健世、滝瀬康洋、北村依里
「首都圏在住のメチル水銀暴露者の神経症候」
【目的】現在首都圏在住で、過去水俣周辺地域に居住歴のある人々のメチル水銀中毒に関連する神経症候の有無について明らかにする。
【方法】首都圏で水俣周辺地域の魚介類摂取歴のある人々に対して検診を呼びかけ、計3回143名が受診、承諾が得られた135名(61.7±9.9歳、40-83歳、M/F=76/59)の症候の結果をまとめた。
【結果】チッソによる排水停止の翌年1969年以降の出生は4名。1969年以前の汚染地域居住年数は1-38年(平均15.7±7.0年)。自覚症状は、こむらがえり131名(97.0%)、手足のしびれ128名(94.8%)、つまずきやすい124名(91.9%)、手先が不器用116名(85.9%)、周りが見えにくい98名(72.6%)であった。神経所見では、四肢末梢優位の感覚障害121名(89.6%)、全身性感覚障害23名(17.0%)、口周囲の感覚障害26名(19.3%)、舌二点識別覚低下64名(47.4%)、構音障害13名(9.6%)、視野障害24名(17.8%)、聴覚障害32名(23.7%)、一直線歩行不能10名(7.4%)、振戦12名(8.9%)であった。汚染地域から転居後30年以上経て増悪した例も含まれていた。
【考察】受診者は慢性メチル水銀中毒にみられる症候が高率に認められた。曝露が停止した後も長期にわたり健康状態悪化の可能性を考慮し、長期に観察されなければならない。潜在患者は首都圏にも多数存在すると考えられ、感覚障害を呈する患者に対して、慢性メチル水銀中毒を鑑別診断の念頭に置き、居住歴・魚介類の摂取歴を確認する必要がある。
----------------------
塩川哲男(勤医協札幌西区病院)、高岡滋、鹿野哲、尾形和泰
「北海道在住のメチル水銀被曝露者の神経症候」
【目的】過去に水俣周辺地域に居住歴があり,現在北海道在住の人々のメチル水銀中毒に関連する神経症候の有無を明らかにする。
【方法】北海道で水俣周辺地域で魚介類摂取歴のある人々に対して検診を呼びかけ、受診した9名(51-76歳、平均64.9±9.9歳、M/F=6/3)の症候をまとめた。
【結果】チッソによる排水停止の翌年1969年以前の汚染地域居住年数は5-23年(平均17.6±5.3年)。発症年齢は15-62歳(平均33.3±19.5歳)、発症年は、転居前が2名、転居後が7名で,最長は転居後43年を経て発症していた。既往歴では癌が2名、合併症では高血圧が3名にみられた。自覚症状は、手足のしびれ8名(88.9%)、こむらがえり、つまずきやすい各7名(77.8%)、難聴5名(66.7%)、周りが見えにくい3名(33.3%)などであった。神経所見では、四肢末梢優位の感覚障害9名(100.0%)、口周囲の感覚障害5名(55.5%)、振戦4名(44.4%)、全身性感覚障害3名(33.3%)、腱反射異常3名(亢進1、減弱2)、舌二点識別覚低下、視野障害、聴覚障害各2名(22.2%)などであった。
【結論】過去に不知火海沿岸に居住し魚介類摂取歴のある人は、曝露後長期経過して神経症状を発症、増悪する可能性もあり、慢性メチル水銀中毒に罹患している可能性が考慮されなければならない。
------------------------
高岡滋(神経内科リハビリテーション協立クリニック)、原田正純、藤野糺、堀田宣之、上田啓司、花田昌宣、田尻雅美、井上ゆかり
「カナダ・オンタリオ州先住民の水俣病症候」
【目的】1970年にカナダ・オンタリオ州で、苛性ソーダ工場による水銀汚染が報告され、先住民居留地において神経症状を有する患者が発見された。日本の水俣病と同様、ハンター・ラッセル症候のすべてあるいは一部を有する患者が報告されている。今回現地を調査した結果を報告する。
【方法】2010年3月、オンタリオ州、グラッシー・ナローズ(1996年の人口468人)の住民91名に対して、自覚症状、神経所見、定量的感覚検査をおこなった。うち16歳以上の80名(M/F=37/43)を16-45歳の36名(LA群、34.4±9.5歳)、46-76歳の44名(HA群、57.5±8.1歳)に分けて集計し、これまでの日本での対照群164名(C群、58.4±11.6歳)、曝露群74名(E群、61.4±10.6歳)のデータと比較した。
【結果】水俣病に特異的、非特異的な自覚症状のいずれも、HA群、E群ではC群と比較して極めて高率であり、LA群はその中間に位置した。神経所見はE群>HA群>LA群の順で高率に所見が陽性であり、各群で類似した出現傾向を示した。定量的感覚検査でも、HA群、E群ではC群と比較し極めて高率で、LA群はその中間に位置した。
【考察】グラッシー・ナローズの住民にみられる神経症候は水俣周辺地域にみられる症候とほぼ一致するものであり、その多くは慢性メチル水銀中毒(水俣病)と診断しうる。